#黄色いブログ #赤いブログ から #3つのキャンディー へ

誤解しないで下さい。

このブログは、相続ブログではありません。

相続の記事ばかり書いていますが、偶然です。

 

以前は、ヤフーブログに居ました。

#黄色いブログ =キャンディーズブログ

#赤いブログ  =刑事弁護ブログ

の2つを運営していましたが、ヤフーがブログサービスを中止したため、はてなブログに引っ越してきました。

はてなブログでは、ひとつのアカウントで3つのブログが開けるので、ついでに作ったのが、このブログです。

他の2つのブログで取り扱わない雑多なブログと位置づけたのですが、たまたま、相続の話が多いだけです。ウルトラマンの話なども書いています。

3つになったところで、ブログ名をキャンディーに変えました。
全キャン連スーパー・スペシャル・バンドのこの曲にインスパイアされたものです。

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3つのキャンディー・アナログレコードジャケット

黄色いブログも、赤いブログも、累計訪問者数14万を超えるブログだったのです。記事の数もそれなりにありました。引っ越してきた割には、殆ど記事がありませんね。

黄色いブログは、慣れないはてなブログでの操作ミスで、全部の記事が消えてしまいました。復旧不能です。しかたなく1から作り直しですが、

①過去記事を再現するほどの記憶力は無く、

②過去記事を書いたころの熱量もなく、

③過去記事にアップした写真は安心して捨ててしまっている物が多い

等の理由で、全く違ったものに仕上がるかも知れません。

赤いブログは、引っ越し先を決める際に、アメブロも候補だったので、アメブロに引っ越して試してみました。結果、はてなブログに統一することにしたのですが、アメブロからはてなブログに引っ越す機能がありません。ということで、まだ、アメブロに停滞しています。気になったら、見に行って下さい。

ameblo.jp

トップページは、目次になっていて、見たいページへ飛べるようにリンクを張ってあったのですが、引っ越しの際、リンクが全部切れてしまっています(ペコリ)。

 

#神道政治連盟「#同性愛は依存症」冊子配布

信教の自由との境界問題ですね。
 
 
 
リンク先が切れてしまう場合に備えて、要約を掲げておく。

神道政治連盟が主催する講演会に、弘前学院大学・楊尚眞教授を呼び、「LGBT」について講演を行った。

神道政治連盟国会議員懇談会」の会合で配布された冊子に、その講演録を掲載した。


事実としては、これだけのことだ。
この事実に含まれている問題は、2点。


第1。楊教授はキリスト教徒であること。


なぜ、神道政治連盟の講演会にキリスト教徒を呼んだのか。

さらに、講義録を冊子に掲載したのか。

この点、神道政治連盟は、キリスト教徒を呼んだのでは無く研究者を呼んだのだ。との見解。
 
第2。講義内容は「LGBTは依存症」などと、LGBTに対する無理解(批判的内容)に満ちていた。
その議事録を、あえて冊子に掲載したことの是非。
 
神道政治連盟は、掲載理由について明確な回答をしていない。
 
 
 
 
 
以下は、ブログ主の感想。
 
たとえば、キリスト教徒から見ると、イスラム教では「女性軽視・蔑視」している。しかし、イスラム教徒には、それが「自然・当然なこと」なのだ。
 
キリスト教徒が「それは間違えている」と指摘しても、一般的なイスラム教徒には通用しないだろうイスラム教を一括りにすることに疑問もあるが、ここではご容赦を)
 
イスラム教徒の女性から「女性解放運動」があり、一定の成果を上げていることも知っている。
しかし、頭の天辺(テッペン)からつま先のツメまでイスラム教で出来ている「ガチムチのイスラム教オヤジ」には、全く理解できないであろう。それを否定することが出来るのか?
 
件(くだん)のイスラム教徒の研究者講師が、「LGBTは病気なのだ」という宗教的信念を持っているときに、それを否定することが出来るのか?憲法が保障する信教の自由を侵すことにならないか?難しい問題だ。
 
 
ただ、今回の問題は、ワンクッションある。
 
神道の集団がキリスト教の講師を呼んだ。
宗教者としてではなく、研究者として講師に呼んだ。
 
LGBTの」研究者であれば、特定の宗教の教義にとらわれず、客観的に研究し発表すべきだ。
彼が「キリスト教におけるLGBT」を研究しているなら、そう名乗るべきだし、神道団体が招聘すべきでは無い。

#弁護士 #ヘイトスピーチ 弁護士全体に対するヘイトスピーチを見つけました。

問題のヘイトスピーチは、ここにあります。↓↓↓

 

news.yahoo.co.jp

 

え?これって、公証人を非難している記事じゃないの?

それは、それで正しい。

 

但し、公証人全員を避難しているのではなく、特定の個人をターゲットにしている。そして、その人は明らかに悪いことをしていた。

一人の公証人を非難する流れで、公証人全体に「嫌み」を言っていることは否定できない。

 

ところが、この記事の中で、弁護士は報酬が欲しいために、本来の職務を曲げて、関係者を不幸にしている。と弁護士全員をターゲットにしたヘイトスピーチを行っているのだ。

 

引用してみよう。

「報酬は本人の銀行口座の残高によって増減します。このため弁護士後見人の多くは、報酬を多くもらえるよう、できるだけ本人の預金残高を減らさないようにします。その結果、本人が“家の修理をしてほしい”とか“家族と旅行に行きたい”と頼んでも法定後見人が出費を認めないことが多く、本人の人生を豊かにするという本来の制度の目的からかけ離れた運用がまかり通っています」

 

特定の個人弁護士が、制度の趣旨からかけ離れた運用をしている。という指摘ではありません。弁護士という存在は、高い報酬を貰うために、汚い手を使うものなのだ。と決めつけているのです。

 

これを容認することは出来ません。

日弁連、各単位会にて、しかるべき対応をお願いしたいところです。

#マンション管理費 #未納金 #会計処理

諸事情を割愛して、事案を簡略化しました。

簡略化のため、修繕積立金は無視。

分譲マンション1棟10部屋

建築初年度。3月末竣工。

4月から入居。幸いにして全戸完売。全戸入居。


管理費=各部屋均一1万円/月、当月分前月払。

4月分管理費は前月(3月)に支払う。

は、4月入居で無理なので、

4月に2ヶ月分を払って貰った(どこからも異議なし)

 

決算期は、4月1日から3月31日

翌年4月になったので、

第1期の決算報告をしなければならない。

 

 

(検討事例❶)
4月の始まりから、最後の翌年3月まで、10部屋とも健全に支払った。未払いも過払いもない。

事例簡略化のため、この1年間、管理費は1円も使わなかった。支出ゼロ。と仮定する。

 

初月(4月)に2ヶ月分入金、

5月から翌年3月まで規約通り前月払が実行されると、

第1期(12ヶ月間)に13ヶ月分の入金がある。

10部屋✖13ヶ月=130万円の入金。

 

この13ヶ月分=130万円を

会計上、①②の2つに仕分けして処理する。

 

①12ヶ月分は、第1期の管理費収入120万円。

支出ゼロなので、

期末財産(正味財産)は120万円となるはずである。

 

②1ヶ月分(3月入金の10万円)は、

第2期(4月)分だから、第1期管理費収入ではなく、

あくまでも預かり金(前受金)

 

これを貸借対照表にしてみると、↓ となる。

 

貸借対照表(第1期3月31日)

資産の部                        負債の部       
現金・預貯金 130万円      前受金    10万円
未収金      0万円      正味財産  120万円
    計  130万円     計  130万円

 

これに、疑問の余地はないと思いますが
大丈夫でしょうか?
間違えてますか? 

 

 

(検討事例❷)

4月の始まりから翌年2月まで、10軒とも健全に支払った。未払いも過払いもない。

しかし3月は、101号室が4月分を払わなかった。

他の9部屋は、正しく支払った。

事例簡略化のため、この1年間、管理費は1円も使わなかった。支出ゼロ。と仮定する。

 

<会計担当理事Aの会計処理
①3月中に支払った9部屋9万円は、

事例❶と同様に、前受金として計上する。

3月中に支払わなかった101号室分1万円は、

未収金1万円を計上する。

③現預金は101号室が1万円未払いなので129万円

④期末資産(正味財産)は、2月までの支払いで第1期分(12ヶ月分)は完全徴収できた(かつ支出ゼロ)なので、120万円になる。

 

 

会計担当理事Aがこれを貸借対照表にしました。

 

貸借対照表(第1期3月31日)

資産の部                        負債の部       
現金・預貯金 129万円      前受金     9万円
未収金      1万円      正味財産  120万円
    計  130万円     計  129万円

 

 

 

<理事長Bのチェック>

会計担当理事Bを呼びつけて

①銀行通帳の残高が129万円なのは確認した。

②101号室が1万円を支払っていないので1万円未収金は理解できた。

③101号室以外の9部屋が、4月分を前払いしたので、前受金9万円を計上したのも分かる。

④第1期として120万円の管理費の入金があり、支出がゼロだから、正味財産120万円もそのとおりだと思う。

★しかし、資産の部と負債の部の合計金額が一致していないのは、なぜだ。

これが一致しない貸借対照表を、管理組合総会に提出することは出来ない。原因を究明してきたまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

101号室の3月支払い(4月分)を未収金に計上したのは正しいか?

4月分なのだから、第2期の管理費であって、第1期に未収金を計上するのは、間違いではないか?

間違いではない。

 

会計学上、現金主義と発生主義がある。

現金主義とは、文字通り現金の変動をもって会計処理する方法である。

他方、発生主義とは、債権や債務の発生・消滅という目に見えないモノを、会計処理する方法である。

現金が変動すれば、それの効果として、債権や債務が発生・消滅するので、それも会計処理されるが、例えば月末の到来という現金とは無関係な事象により、管理費支払い請求権という債権が発生したりするのが特徴である。

 

現金主義の方が、見た目が簡単であるが、

発生主義の方が、経営状態の実質を見ることが出来るので、こちらを推奨する。

企業会計は、発生主義によって処理されている。

 

 

例えば、101号室の未払金。

現金の変動はないのだから、現金主義だったら、会計上、なんの表記もされない。

101号室が未払い状態であり、解消しなければならない問題点である。このことが見過ごされてしまう。

発生主義なら、未収金を計上することにより、問題点を明確に把握できる。

 

各部屋が払った4月分前払。

現金が変動しているから、現金主義でも、会計処理上、記載される。

便宜上、管理費の支出ゼロにしているが、実際にはそのようなことはなく、現実には毎月なにがしかの管理費を必要とし、支出が発生する。

事例❶で言えば、現金主義だと130万円の収入があったことになる。

第1期に130万円を使い切ってしまうかも知れない。

しかし、130万円の内、10万円は第2期の4月分ですよ。と分かれば、10万円には手を付けず、第2期に引き渡すことが可能になる。

だから、前受金という科目を作って、区別しておくのが発生主義である。

 

では、事例❷の会計担当理事Aの作った貸借対照表は、何が間違えていたのか?

 

未収金1万円は、本来は3月31日までに支払わなければならない管理費で、将来、101号室に支払って貰うものである。つまり、将来の1万円札である。

だから、未収金は、負債ではなく、資産(将来資産)に計上されるのである。

 

他方、会計担当理事Aは、9部屋分9万円を前受金に計上した。

この9万円は、4月分=第2期分だから、第1期の間に使ってはならないお金。

預かり金である。第1期からみると、第2期に引き継がなければならない(返済しなければならない)金額である。だから、負債の部に計上される。

 

このように、未収金も前受金も発生主義から生じる架空の数字である。
現金主義では、記載されない科目である。だから、わかりにくい。

 

会計担当理事Aは、一つのミスをした。

 

101号室の未収金を計上したときに、相応する会計処理をしなかった。

 

お!なんか難しいことを言い出したぞ。

まあ、聴いておくんなまし。

 

ある企業が、銀行から10万円を借りているとする。

銀行に10万円を返済した。という1つの事実は、会計上「必ず」2つの記載を必要とする。複式簿記という奴だ。

2つとは

 「現金が10万円減った」

 「銀行の借金が10万円減った」

の2つである。

相対する2つの会計上の処理があって、資産の部と負債の部が均衡が保てるのである。

どちらか片方しか会計処理しないと、今回のような総集計が一致しない事件が発生してしまう。

複式簿記は、事故を未然に防ぐと同時に、ミスがあったら発見できるシステムなのである。

 

例えば、102号室が、3月に4月分1万円を支払った。という一つの事実。

これに対して、会計処理は2つ。

現預金1万円増加。前受金1万円の計上。

というふうに連動している。

 

では、101号室、3月分未払い(正確には、未払いのまま、3月31日を過ぎてしまった)という一つの事象。

必要な会計処理は2つ。

1万円の未収金の計上を行った。

もう一つは・・・・・やってない。

だから、最終結果に1万円の誤差がでてしまった。

 

だったら、もう片方は、何をすべきだったのか。

前受金1万円の計上である。

え?

だって!

1万円、貰ってないじゃん。

前受けしてないよ!

だから、発生主義は難しい(理解しちゃえば簡単なんだけど)

 

貰っていない1万円を未収金に計上した。

将来の1万円札だからだ。

銀行預金には入っていないが、1万円の価値がある。

だから、資産の部に計上した。

言い換えると、銀行預金に1万円入金されたのと同格の扱いをした。

ということは、反対側も同等の扱いをしなければならない。

それは・・・102号室の1万円入金と同等に扱う。

そう!それだ!!

前受金1万円の計上。

これで、資産と負債のバランスが保てる。

つまり、101号室の未収金の計上の相方として、1万円の前受金も計上する。

前受金は、合計10万円になる。

 

正しい貸借対照表は、下記の通りだ。

 

貸借対照表(第1期3月31日)

資産の部                        負債の部       
現金・預貯金 129万円      前受金    10万円
未収金      1万円      正味財産  120万円
    計  130万円     計  130万円

 

 

 

#マンション管理組合 #役員

ブログ主が居住しているマンションは築40年を迎え

決算期も第40期となっています。

 

ブログ主は、通常総会で第39期の理事に選任され、

その後の理事会で理事長に選任されました。

 

つつがなく(?)第39期の任務を全うし決算をして、
通常総会を開催、会計報告と第40期理事の選任を行う。というのが通常の流れです。

 

しかしながら、第40期の理事候補者が現れず、

通常総会にて第40期の理事を選任することが出来ませんでした。

 

はてさて、どうしたものでしょう?

 

こういうときには、六法全書、ではなく、管理規約を参照してみましょう。

第30条第3項

 任期の満了又は辞任によって退任する役員は、後任の役員が就任するまでの間、引き続きその職務を行う。

 

当たり前のように、理事は、会計期間満了(と任期満了が一致していることが99%)後、任期が満了しているのにも関わらず、理事として振る舞っています。

理事として、決算して、通常総会を開催し、理事長として総会議長を務め、総会にて次期理事を選任します。

それは「当たり前のことではなく」、管理規約第30条第3項により、引き続き理事の職務を行う。という根拠があるからなんですね。

通常総会で次期役員が選任されれば、第30条第3項は役目を終わるわけです。

厳密には「後任の役員が就任するまでの間」ですから、通常総会の途中で役員就任として交代(議長も交代)することもあれば、通常総会が終了してから引継会を開いて、交代することもあるでしょう。

 

ところが、40期理事候補が居なかったため、新理事を選任できなかった。規約第30条第3項が効力を維持し、次期役員が就任するまで、39期役員が役員の職務を行うことになります。

一ヶ月、二ヶ月後に、新理事(40期理事)候補が現れれば、臨時総会を開催して、新理事を選任して、旧理事は任務終了となります。

 

では、新理事が決まらないまま、成り行きで39期役員のまま1年が経過し、次の通常総会を迎えた場合、どうなるでしょうか。

 

規約の解釈上、1年間留任した役員は、39期役員なのか、40期役員なのか?という問題です。

 

なぜ、このような重箱の隅をつつくようなことを問題視するのかというと、規約に別の条項があるからです。

 

第29条第4項
監事は、前期理事のうちから選任する。

 

期に当てはめて言い直すと

「41期の監事は、40期の理事のうちから選任する」

となります。

 

ですから、40期の理事は誰なのか。が問題となるのです。

時を巻き戻して、前回の通常総会にタイムスリップしてみましょう。

規約を当てはめると

「40期の監事は、39期の理事のうちから選任する」

となりますね。

ところが、39期理事は全員居残りで理事を継続しなければなりません。従って、40期監事をすることは叶いません。理事と監事は兼任できませんからね。

そこで、もう一度規約を確認してみると

第30条第3項

 任期の満了又は辞任によって退任する役員は、後任の役員が就任するまでの間、引き続きその職務を行う。

この条項には「役員」とありますから、理事だけでなく監事にも適用があります。

ですから、監事も留任中です。

 

さて、時を戻して、41期の役員選任の通常総会です。

41期の監事は、40期の理事から選出しなければなりません。で、40期の理事は誰なのか?問題に直面するわけです。

 

❶39期の理事は、通常総会で新理事が決まらなかった段階で、40期の理事になったのだ。(だから、今の理事から監事をだすべきだ)という人も居ます。

しかし、我々は「次の役員が就任するまで、職務を行う」だけであって、理事職を任されたわけではありません。

「次の役員」=「40期の役員」候補が現れ、臨時総会で40期の役員に選任され就任すれば、追放される暫定的な立場です。

正式に40期の理事になったなどと言えるものではありません。現理事長のブログ主としては、この解釈を採用することは容認できません。

 

❷39期理事が、規約により、新理事就任までの間、暫定的に理事職を執り行っているだけで、40期理事は空席である。

これが、現理事長の解釈です。どうでしょう。

 

賢い読者の皆さん。是非、ご意見を頂きたい。

 

さてさて、40期理事が空席だとすると、41期監事を輩出する母体がない、という事態になります。

この場合、どう対処するのか。

 

①40期理事がいないのだから、規約により、41期監事候補者もいない。39期から留任している監事が、さらに留任するしかない。

41期理事は選任されるだろうから、42期には新監事を選任できる。それまで、39期監事が留任するしかない。

 

管理規約を、杓子定規に解釈すると、ここに行き着くのかも知れません。

 

②40期理事がいなくて、41期監事の母体がないなら、一般則に戻って、組合員全体から選任することが出来る。

 

十分に成り立つ解釈だと思います。

ただ、前期理事が監事に残る。というのは役員会の連続性を担保し、前年度の活動経過を次年度に引き継ぐ役割が期待されているわけです。組合員なら誰でも良い、となると、その役割が欠落してしてしまいます。

 

③39期理事が1年間理事職を全うしたのだから、40期理事と同視して、39期理事から選任すべきである。

これが、一番の落とし所かも知れません。
ただ、ただでさえ1年間延長で理事をやったのに、もう一年監事をやるなんて嫌だ。これが、39期理事の偽らざる心境です。

 

さてさてさて、どうなることやら。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#藤浪晋太郎 #抜け球 #横振り

いやー、今年の阪神は強いですね。

天下無双、豪腕剛打、天衣無縫、九蓮宝燈だ。

ファンとしては、もう安心しちゃって、野球放送を見る気にもならない。


そんな絶好調な阪神であるが
エース藤浪晋太郎がコロナ陽性になったそうで
これは、阪神にとって凶報であろうか?

 

ところで
藤浪晋太郎は、なぜ、あんなにコントロールが悪いのか。
これが今日の主題だ。

 

藤浪は、高卒ルーキーから3年連続で10勝以上をマーク。潜在能力は、折り紙付きだ。
佐々木朗希と同じくらい期待されていた。

しかし、ここ数年の成績は、皆さんご存じのとおりだ。
ただ、去年&今年と、開幕投手を任され、首脳陣はまだ期待している。


藤浪の魅力は、なんといってもスピードボールである。
エンゼルスの大谷や、完全試合佐々木朗希には及ばないが
彼らと比較することが許されるスピードボールである。

以下、SBと表記する。

10勝以上をマークしていた頃の藤浪のSBは、
バッターがSBを予測して待っていても、かすりもしない。
そんなボールだった。

その精度が落ちたのは、「楽な球」スライダーを覚えたからか?

 


藤浪凋落。その原因は、SBの「抜け球」だ。

 

そも「抜け球」とは、なんぞや???
簡単に言うと「コントロールミス」である。

 

 

「コントロールミス」にも各種ある。
われわれ素人が草野球のピッチャーをやる場合
キャッチャーが構えたミットをめがけて投げても
上下左右。どちらの方向にも、ランダムに外れる。
これは、単に「技術が未熟」な故のコントロールミスだ。

藤浪の「抜け球」は、藤浪から見て「右斜め上」の方向に外れる。
その幅は、40~50センチ。酷い時には1メートルにも達する。
下手をすると、右バッターの頭部に死球を与えかねない危険球だ。

 

藤浪の「抜け球」は、「右斜め上」と決まっている。
草野球のコントロールミスとは別の「病気」なのである。

病気ならば、原因を究明し、

治療を施せば治る可能性がある。

そして、僕は、その原因を知っている(気がする)。


藤浪晋太郎は、オーバーハンドスローのピッチャーである。
高い身長を生かし、腕&手&ボールを高い位置に挙げ、
高い位置から、真っ向、投げ下ろすことで豪球を投じるタイプだ。

 

ところで、人間の骨格上、真上から真下に
時計の文字盤に例えると、
12時から6時に投げ下ろすことは不可能だ。
(仮に可能としても、その場合、肩の回転運動によるエネルギーが使えず、球の威力は半減してしまう)
右投手の場合、右肩の上から、左腰の横へ、斜めに投げ下ろす。
最低でも10度から20度の傾きが出来るのは不可避なのだ。
(ココに関しては、物理学の観点から、解説したいことが沢山アルのだが、今日は控えておこう)

 

 

例えば、藤浪の骨格と筋力と投球術を綜合すると
20度の傾きが最適だとする。(実際は、もっと広い)

 

毎回、間違えなく20度の傾きで投げれば
確実に、コントロールは良くなり、抜け球はなくなる。
藤浪の欠点は、自分では、毎回20度で投げているつもりが、30度、40度になってしまうことがある。という投げミスだ。
これが、抜け球を産む。

 

藤浪の腕の角度が大きくなるとは、
現象としては、腕が下がる。腕が横振りに近くなる。
サイドスローで成功している投手もいるのだから一概に否定はしない。
昨日の佐々木朗希の準完全試合の映像で確認したが
佐々木朗希は、約45度外れている(実は、普通のことなのだが)
藤浪の場合、意図的ではなく、ミスで投げているのが問題なのだ。


では、なぜ、横振りになってしまうのか?
僕は、その原因を知っている。
阪神の投手コーチ、藤浪自身は、気がついていないのか?

ココも物理学を駆使して説明したいのだが
クドくなるの、ザックリと説明する。

 

松坂大輔が解説していた投球の基礎に基づくものである。
松坂のエッセンスは、ピッチングにおいて重要なのは
ホームベースから2塁ベースに引いた線を意識すること。

 

もちろん、その線上に、ピッチャーが立っている。
実際には、ピッチャープレートには幅があり、
1塁側を使う投手、3塁側を使う投手もいて
完全に、線上とは言えない場合もある。
その場合には、2塁ベースを頭から消して
ホームベースとピッチャーを結んだ線を、後に延長した線を頭の中に描いてみよう。
ここでは、これを「基本線」と呼ぶことにしよう。

松坂の基礎理論では、この「基本線」が重要になる。

 

ピッチング開始前の準備姿勢では
ボールはグローブの中で、両手は体の正面。
両足、腰、肩の向きは、全て基本線に一致する。
投球開始で、左膝を挙げ、左足を基本線に沿って、前に踏み出す。
それと同時に、両腕を180度広げる。
もちろん、左手はホームベース側に、右手は2塁側に。だ。
その際、腕の向きも、基本線上。

基本線を外れてはならない。

 

左足を勢いよくホームベース側に踏み出し
ボールを持つ右手は、なるべく2塁側の遠くに置いて
左足との距離を長く取る。
体が、基本線上で伸びきった状態になる。
伸びている。ということは緊張している状態。
この伸びた状態を瞬時に短くすることで、
大きなエネルギーを生み、それをボールに伝えて強いボールを投げることが出来る。

 

その際、ボールは、基本線上を移動するのが
エネルギーロスが一番小さい。
だが、20度の傾きは避けられない。
これは、甘受しなければならない。

 

ボールは基本線から、3塁側に、若干、外れるのだ。
逆に、1塁側に外れることはない。あってはならない。
3塁側に外れるのは、不可避なエネルギーロスだが
1塁側に外れるのは、本当にムダなエネルギーロスでしかない。

 

 

そこで、藤浪晋太郎である。
藤浪の特長として、高身長が挙げられることが多いが
意外と知られていないのは、肩甲骨の関節の柔らかさである。
これも、物理的に解説可能なのだが、解説を省いて
とにかく、強い球を投げるのに、有利な身体的特徴だ。

 

だが、藤浪は、関節が軟らかいが故に、悪癖がある。
投球動作のはじめに、両手は180度広げるのが理想だ。
ところが、関節が軟らかい藤浪は、200度開いてしまう。
現象としては、右腕が、基本線から逸脱して、一塁側に出てしまう。
右腕が、基本線上にあったら、
腕と手は、体に隠れて、ホームベース側からは見えないはずである。
藤浪の場合は、ホームベース側から見て、腕と手が、背中側に見える。
この動きは、端的にムダである。

 

藤浪は、180度よりも、200度の方が体を目一杯に使えて、より強い球が投げられる。

と誤解しているかも知れない。
阪神の投手コーチも同じ幻想を抱いているのかも知れない。
しかし、チコちゃんは知っている。


確認しよう。
右手とボールは、基本線上を通るのが理想だが、

実際の投球では不可能なので

3塁側に外れるのは、やむを得ない。

だが、1塁側に外れるのは、ただのムダな動きだ。
藤浪は、投球の序盤で、その誤りを犯している。

1塁側に外れた右手は、基本線に戻さなければならない。
1塁側から3塁側への横の動きが必要となる。
正しい投球でも、右手は、やむを得ず基本線から3塁側に外れるが
この動きで勢いが付いて、必要以上に3塁側に離れてしまう。
これが、横振りである。

藤浪晋太郎は、投球当初、腕を広げる際に
肩甲骨の関節を意識して、180度に押さえ
ムダに広げないようにしなければならない。
この一つの動きで、抜け球はなくなり
真のエースに戻ることが出来るだろう。

阪神は、僕か、松坂大輔を、藤浪専属投手コーチに雇うべきである。

 

 

#法テラス #国選弁護業務 #被疑者弁護の歴史

まえの記事で、

法テラスは、法律扶助協会を廃止して設立した。

と書いた。

ここに疑問を抱いた方は、何人居ただろうか?

 

同じ民事扶助事業を行うなら、その規模を拡大したいなら、法律扶助協会への補助金を増やせば良い。

なぜ、別組織にする必要があったのか?

 

法律扶助協会は補助金を受けていると言っても、本来は、日弁連が設立した民間の財団法人だ。

他方、法テラスは総合法律支援法に基づいて設立された独立行政法人に準じた法人だ。より国の支配が強い。

民事扶助事業を国が支配したかったからか。

否。

そんな面倒な事業、わざわざ引き取りたいと思ったりしない。

 

他方で、多くの補助金を提供するからには、強く支配したいと思うのは当然であろう。

それは否定できないが、法テラス(日本司法支援センター)という法人を設立したかった真の目的は別にある。

国選弁護業務を担う法人が必要だったからだ。

総合法律支援法は平成16年法律第74号である。

平成16年に成立した74番目の法律ってことだね。

この平成16年に、刑事司法改革関連で、2つの大きな法律が成立したのをご記憶だろうか。

平成16年法律第62号/平成16年法律第63号

の2つである。連番であり同日に可決された。

法律番号だけ言われても、何のことだか分かんないよ~!

そりゃそうだ。では、教えよう。

第62号 刑事訴訟法等の一部を改正する法律

第63号 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律

である。

裁判員法は、ここで改めて説明するまでもなく、どんな法律か、想像が付くであろう。だから省略。

刑事訴訟法の一部を改正する法律と言われても、刑事訴訟法は507条まである大法典である。枝番(第37条の2など)まで数えるともっと増える。

その一部を改正する。って、どこを改正したんだ?

大雑把に言って

①公判前整理手続きの創設裁判員法に連動)

②即決裁判手続きの創設

被疑者国選弁護制度の導入  などだ。

 

若い人たちは信じられないかも知れないが、

平成16年の刑訴法改正前は、国選弁護制度は被告人にしかなかった。

被疑者には国選弁護人が付くことはなかった。

つまり、被疑者に認められるのは、私選弁護人だけだったのだ。

経済的に恵まれない被疑者には、弁護人の援助を受ける権利が、実質上保障されていなかった、と言って良いだろう。

弁護士会は、当番弁護士制度(初回接見は無料)、被疑者弁護援助制度(貧困者に弁護人費用を援助する)を作って、経済的に恵まれない被疑者にも、弁護人の援助を受ける権利の実質的保障をし、国が、同じ制度を国費で実施することを念じていた。

 

一方、国は「事前調整型の社会から、事後解決型の社会への移行」を政策の大きな柱とし、「行政の聖域なき改革(一律縮小)」と「司法制度の総合的な見直し」を行った。

その一環として、内閣に設置された「司法制度改革審議会」(1999年7月27日から2001年7月26日)において「司法制度の総合的な見直し」について議論し、審議会の最終意見書(通称「意見書」)が2001年6月12日付けで公表された。意見書を公表した時点で審議会の仕事は終了したんだけど、審議会が解散したのは7月26日

「意見書」は閣議決定され、国(行政府。法務省検察庁を含む)の正式な政策となった。これに合わせ、最高裁(司法府)と日弁連(単なる民間団体)も、「意見書」を実現するための、それぞれの行動目標を定め公表した。

「意見書」は「表紙」が0ページで、「はじめに」から「おわりに」まで118ページに及ぶ大部である。

そのp30には「民事法律扶助制度については・・・一層充実させるべきである。」と記載され、

p46~48には「2. 被疑者・被告人の公的弁護制度の整備」の項目が設けられ、その中に「 被疑者に対する公的弁護制度を導入し、被疑者段階と被告人段階とを通じ一貫した弁護体制を整備すべきである。 」と明記され、被疑者段階にも国選弁護制度を導入することが、正式に国の政策となったのである。(この時点では、国選弁護にするか、私選弁護に補助金を出すかは、未確定であったが)

 

我が国は法治国家であるから、行政府の政策を実施するには、裏付けとなる「法律」と「予算」が必要であり、それを決めるのは立法府(国会)である。

「民事法律扶助制度については・・・一層充実させるべきである。」に関しては「総合法律支援法」が制定された。

「2. 被疑者・被告人の公的弁護制度の整備」については、主に刑事訴訟法少年法が改正された(法律第62号)

 

 

ちょっと、横道に・・・

法律には、内閣が法案を国会に提出する「閣法」と、議員個人(またはそのグループ)が提出する議員立法がある。

上記の法律は両方とも「閣法」である。つまり、行政に属する役人が法律案を作成し、「内閣法制局」の審査を受けた上で、閣議決定し、国会に提出される。

 

法律案を作成するのは法務省。と思うかも知れないが、さにあらず。

例えば「種苗法」。これは農水省の役人が法律案を作成する。つまり、それぞれの省庁が、それぞれ所轄の法律案を作成するのだ。

 

では、司法改革関係の法案を作成するのは、どの省庁か?言い換えれば、司法改革の所管省庁はどこなのか?

ここでは、やはり法務省の出番なのか?

法務省は、内部に検察庁を抱えている。

司法制度を支えているのは、裁判所、検察庁弁護士会。この三権分立だ。検察庁を抱えている法務省は、当事者過ぎて、三権分立から見て適任とは言えない。

そこで、法務省ではなく、内閣に「司法制度改革推進本部」を置き、その「事務局」が法案作成に当たった。

司法制度改革は「意見書」が118ページもあり、課題は広範に及ぶ。そこで事務局を7つの部会に分け、それそれ外部識者を招いた検討会を置き法案内容を検討した。

「意見書」で政策の大枠を決めたが、「検討会」で大枠から具体的な詳細に落とし込む作業をする。最終的に「法文」を書くのは「事務局」の「役人」だ。

検討会には、学者枠、裁判所枠、検察庁枠、弁護士会枠があり、計11人で徹底した議論を交わした。

その議論の結果をとりまとめて「法文」にするのが「事務局」なのだが、事務局も、行政からの出向、裁判所からの出向、弁護士会からの任期付き公務員で構成されていた。

出向元の行政は、やはり法務省検察庁)が多かったが、例えば労働法関係の改正を担当する部局には、厚労省からの出向が来ていた。弁護士会からの「出向」は、ブログ主を含め4人しか居なかった。圧倒的に少なかった。

検討会の開催や、法文作成には、あんなことや、そんなことがあったのだが、守秘義務で書けない。あしからず。

 

さあ、横道から本論に戻ろう。

 

被疑者国選弁護制度は、ホップ、ステップ、ジャンプの3段階を経て、被疑者国選弁護の対象となる事件(罪名)を拡大し、現在の全件対象に至っている。

 

第1段階(ホップ)対象事件は「法定刑が死刑又は無期若しくは長期3年を越える懲役若しくは禁錮に当たる事件」に限られていた。

全体に占める比率にすると、約8%だったかな。この記憶に自信はない。司法統計年報を調べたが、なかなか出てこなかったので諦めた。

第2段階(ステップ)対象事件は「死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮にあたる事件」に拡大された。この事件は、刑訴法第289条に規定する事件に合致する。

そのため「必要的弁護事件に拡大された」との表現が多発したが、必要的弁護事件は、289条以外にも多々あるので、不正確な表現である。ブログ主は「いわゆる必要的弁護事件」と呼ぶことに、拘ってきた。

以上の2段階は、法律第62号によって定められた。

同法の付則により、施行日は政令に委ねられ、ホップは平成18年5月、ステップは平成21年10月とされた。

法律の成立から、ホップまで2年半、ステップまで更に2年半の準備期間が設けられたのである。

 

仮アップ

 

 

 

 

 

 

 


実際の件数も限定されていた。被疑者には国選弁護人が付くことはなく、起訴されて初めて国選弁護人の援助を受けることが可能になる。

平成16年の刑訴法改正により初めて「被疑者国選弁護制度」が認められ、被疑者段階から弁護人の援助を受けられるようになったのである。

改正法は16年に成立したが、国民に周知徹底し(これは重要ではない)弁護士会が「被疑者に速やかに弁護人を用意する態勢を整備する」ための準備期間が置かれた。

 

 

 

#法テラス は、悪なのか?

先日、法テラスをこき下ろすブログを書いた。
参照→ログイン - はてな

 

 

ブログ主は、この法テラス設立に法案作成という形で関与した経験から、こき下ろしたわけだが

要するに、法テラスが出来上がっていく過程をつぶさに見てきた。

法テラスは「有史以前から存在していたもの」ではなく、主の目の前で出来上がったのである。

主と同世代(やや幅広く)の弁護士にとっては、新しい時代に出現した巨人なのだ。

 

他方

比較的新しい弁護士

現在の司法修習生

現在の法科大学院

彼らにとっては、法テラスは「プレヒストリックに存在していたもの」である。

あって当たり前のもの。


電気、ガス、水道みたいに考えてみて頂きたい。


江戸時代には、電気も、ガスも、水道もなかった。

さぞ、不便な生活だったろう。

ただ、それは後世の人がそう評価しているだけで、江戸時代の人は、当たり前と考えていたはずだ。


江戸時代から現代までの期間を生きた人たちは、
電気、ガス、水道ができる度に、生活が便利になったことを実感しただろう。ありがたいことだ、と思っただろう。

 

他方、電気、ガス、水道がある世の中に生まれた世代は、その真のありがたさが分からない。当たり前だと思う。
さらには、電気料が高いとか、停電するとか、発電が環境に負荷をかけているとか、恩恵を受けていることを横に置いて(無視して、忘れて・・・)クレームを言い始める。

 

主は何を言っているのか?
電気、ガス、水道と法テラスが関係ないだろう?
いやいや、失礼した。

これからは、法テラスがなかった時代を江戸時代としてみよう。そして、法テラスがある時代が令和だ。

 

令和に生きる多くの弁護士が、法テラスに悪感情を持っている。文句を言っている。

法テラスと契約しない、契約を解除した弁護士も多い。

では、問いたい。
江戸時代に逆戻りしてもいいものなのか?

 今日は、法テラスの各種業務の中、

 民事扶助事業に光を照らしてみよう。

 

民事扶助事業とは、民事上の紛争に巻き込まれた当事者が、弁護士を依頼したいけど、弁護士報酬を支払うお金がない。そんな人に、弁護士費用を貸し付けて、裁判を依頼できるように援助する。

裁判に勝ったら、相手方から取り立てたお金で、貸し付けたお金を返して貰う。裁判に負けてしまったら、相手方からお金は取り立てられない。もちろん分割で返して貰うシステムなのだが、もともとが貧乏人なので、返済されない場合も多い。

だから、援助する事件と人を、よくよく調査する必要がある。

 

 

江戸時代には、水道はなかったが、井戸があった。それで、生活は可能だった。

江戸時代に法テラスはなかったが、財団法人法律扶助協会があった。民事扶助事業を行ってきた。

法律扶助協会は日弁連や各地の単位会とは別人格の別法人である。

別法人ではあるが、予算が乏しかった。

そのため、東京の本社も弁護士会の建物に事務所を構えていたし(間借り)、各地方の弁護士会館の一室を(ロハで?)間借りしたりしていた。
弁護士会館が17階建ての新しい建物になってからは、14階に間借りしていたが、新会館が建つ以前は、旧日弁連会館に間借りしていた(んだったかな)

職員も弁護士会が雇用していたり、弁護士会職員が兼務したりしていた(なにしろ弁護士会館内にあるから兼務可能)。

これは、前の「こき下ろし記事」でも指摘した事実だ。

 

法律扶助協会は、その活動は、弁護士会の場所的、人的協力、弁護士からの寄付などに依存していた、と言って良い。形式上は別法人だが、弁護士会支配下にあった。弁護士会が牛耳っていた。役員も弁護士が就任していた。

だから、利用する弁護士から、法テラスのような徹底的な批判を受けることもなく、仲良く連携していた。

 

「こき下ろし記事」では、法律扶助協会は国から補助金を受けていなかった。と書いたが、記憶違いだったか。。。

民事扶助事業は、その性質上、弁護士会が主体となって実施するのが合理的である。

では、なぜわざわざ別法人を作り、法律扶助協会が民事扶助事業を行っていたのか。

それは、弁護士会の独立を守るためである。

公金から補助金を受けると、その使い道について国の監査が入る。

弁護士会が民事扶助事業を行い、そこの公金からの補助金が入ると、その使い道について国の監査が入る。

金に名前(出所)は書いてないから、補助金だけでなく、弁護士会の会計全体が監査される危険性もある。弁護士会の独立の危機にもなりかねない。

だから弁護士会から切り離した別法人である法律扶助協会を日弁連が設立し、法律扶助協会に扶助事業を委ね、補助金の受け皿としたのである。

法律扶助協会に監査が入っても、本丸である弁護士会の監査までは行えない。先人の知恵と言えよう。

 

主は、修習生時代に2~3回、法律扶助協会の審査委員会に同席させて貰ったことがある。修習指導弁護士が、担当委員だったからである。
委員会は、5~6人位の弁護士が集まり、対象事件の勝訴の可能性、扶助の必要性(依頼者の経済状況)などを議論していた。

報酬などでないボランティアであったと思うが、皆、自分が依頼を受けた事件と同じように、真剣に事件に向き合っていた。修習生ながら感服したものである。

他方、こんな会議に5人も6人もの(高給取りの?)弁護士が集まるのはムダではないか。と思ったことも事実である。ただ、慎重に判断することは、悪いことではない。

なにしろ、予算が少ない。有効に活用するためには、扶助する事件も厳選しなければならないのだ。

ということで、法律扶助協会の元で、扶助を受けるにはかなりハードルが高かった。言い方を変えると、扶助事件の事件数は多くなかった。予算が少ないからだ。

 

主も法律扶助協会を使って、事件の依頼を受けたことがある。但し、ほんの数件だ。

一番印象に残っているのは、スナックにマスター(料理人)として雇用されていた中国人が、突然解雇された。という労働事件だ。復職を希望していた。勤務実態がなくなると復職が難しくなるので、スナックに勤務するよう指導した。しかし、スナックに出勤しても経営者が給料を払ってくれないので生活できなくなり、スナックを本格的に辞めて、深夜の土木工事に従事するようになった。毎日、スコップやツルハシを振るって居たのだろう。打ち合わせをする度に、マッチョになっていったのが印象的だった。

 

横道に入ってしまった。元に戻ろう。

つまり、法律扶助協会を利用する案件は、ほんの一握りに過ぎなかった。ということを言いたかったのだ。

 

法律扶助協会の定める弁護士報酬は、昔存在した日弁連弁護士報酬基本基準規程に比較すると、若干安かったが、仕事をすれば利益はでたし、一人の弁護士が利用する件数が少なかったので、営業全体の足を引っ張るようなことはなかった。

だから、弁護士と法律扶助協会は、仲良く付き合うことができたのだろう。

 

しかしながら、当時は、予算不足により組織も小さく、法律扶助を受けられる対象者、事件は、ごく少数に限られていた。

法律扶助を受ける条件としての「勝訴の見込み」も、かなり厳しく審査された。

法の光に照らされる国民が少なかった。と言い換えても良いだろう。

 

実は、法テラスを設立する際、法律扶助協会は解散した。法律扶助協会は財団法人であり、国の機関ではないが、純然たる民間法人ではなかった。公金の補助金が入っていたからだ。

そして、法律扶助協会と法テラスは、同じ民事扶助業務を実施することを目的とする同種の組織である。2つを同時に存在させておく意味がない。

 

また、国の方針として、新しい組織を一つ作るときには、現存する組織を一つ廃止しなければならない、というルールがある。これを「スクラップ&ビルド」という。このルールがないと、無限定に組織が増殖し、公務員の人数も、予算も、歯止めがきかなくなる。

弁護士会には、この視点がなく、どんどん委員会を増やして、巨大化している。だれか、釘を刺してくれないか。法テラス設立の際に国との交渉窓口であった[G]なんか、「スクラップ&ビルド」を熟知しているはずなので、適任じゃないのかな。

法テラスを設立するには「スクラップ&ビルド」のルールにより、何か一つ組織を廃止しなければならないのだが、趣旨・目的を同じくする法律扶助協会が、ジャストミートなターゲットになったのだ。

純粋民間法人を廃止しても「スクラップ&ビルド」にはならないが、公金が入っている法人なので、ギリ、対象になったのである。

 

そして、法律扶助協会は解散し、同協会が扶助していた案件は、法テラスが引き継いだ。

 

法テラスは、法律扶助協会に比較して格段に大きな組織だ。民事扶助以外の業務を行うこともあるが、民事扶助事業だけでも、かなり巨大になった。なにしろ国が予算を付けるのだから。

 

そうなると、扶助する案件を増やすことができる。

ということは、扶助の条件・審査も甘くなる。「勝訴の見込み」も、厳格なものから「可能性」程度で認められるようになる。

法律扶助協会のときには、さほど力を入れていなかった法律相談業務も、法テラスは強力に推し進め、相談者を依頼者に取り込む努力をする。法の光が照らす国民の人数も増え、案件数も膨らむ。

それを担当する弁護士にとっては、全体の業務に占める法テラス案件の割合が大きくなるのは当然の結果と言えよう。

弁護士にとっては大変かも知れないが、国民からしてみれば、有り難いことだ。

 

紛争に巻き込まれたが弁護士に依頼する方法が分からない。依頼する金がない。自分を助ける法律があったところで、使えない。今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃあございませんか。

というところに、天岩戸が開いて、法テラスの光が差し込んできた。弁護士の援助を受け、法律を使って紛争から抜け出すことが可能になった。嬉しい。

国民が喜んでくれたとなれば、国の政策としては成功と言って良いのではないか。法テラスって、なんて素晴らしいんだ。法案作成に携わった役人(ブログ主を含む)は、感謝の対象だ。

法テラスは、決して「ショッカー」や「死ね死ね団」のような極悪非道な組織ではない。

 

でも、国民の全員が喜んでいるわけではない。

喜んでいないのは、法テラスから法の光を国民に届ける「使徒」となった弁護士である。

今まで弁護士に依頼できなかった人を金銭的に援助して、弁護士につなげる。弁護士界全体としては、新分野開拓で全体の業務量は増大したはずだ。弁護士は喜んで良いのではないか。

しかし、現状は逆である。

その最たる原因は報酬が安いことにある。

また、審査基準が甘くなったため、こんなことまで事件化するのか。という種類の案件や、勝訴の見込みがほとんどなく苦労ばかりの事件が、多く含まれることになる。

苦労して、報酬が安かったら、弁護士が嫌がるのはもっともなことだ。

 

法テラスの構想を担った担当者としては、法テラスの報酬は、法律扶助協会に準じる金額とする紳士協定があった。

法律扶助協会の報酬は決して高くはないが、営業として成り立つレベルだった。それに準じるならば、悪い話ではない。

ところが、実際にお金を握っている財務省法務省は、紳士協定を守るような紳士ではなかった。

実際に出来上がった報酬基準は、法律扶助協会基準を大幅に下回ることになった。

弁護士、弁護士会は、だまし討ちを食らったのだ。

 

さらに問題なのは、法テラスの立ち位置だ。

法テラス、依頼者、弁護士は、三者契約を結ぶ。

❶弁護士は、依頼者のために、法律サービスを提供する。

❷法テラスは、依頼者に代わって、弁護士に弁護士報酬を支払う。

❸依頼者は、法テラスに分割で、弁護士報酬の立替金を返済する。

❶❷❸は対等な契約関係にある。

中間に位置する法テラスは、資金を貸し付けるだけの存在で、弁護士の味方でもなく、依頼者の味方でもなく、中立な立場のはずだ。(法律扶助協会は、日弁連が設立し、弁護士会の手のひらの上にある弁護士の味方の組織であった)

ところが「依頼者(貧困者)の援助をする」という設立目的を逸脱して、あらゆる場面で依頼者の味方をする。

契約関係において、一方の味方をすると、他方と敵対することになる。

たとえば、弁護士報酬の金額について、依頼者は高いと言い、弁護士は安すぎると言った場合、法テラスは「依頼者は貧困者なのだから守らなければならない」という乱暴な正義感(緻密な思考を捨てて)に駆られて、依頼者の言い分を支持する。

損をするのは弁護士だが、法テラスは、我関せずだ。

(厳密に言うと、高い弁護士報酬を弁護士に払うと、依頼者からの回収に失敗したときに法テラスに損失がでるのを回避している側面もある)

 

法テラスは何を間違えているのか。

 

法テラスが、弁護士費用を立て替えて、分割返済で良いですよ。と手を差し伸べただけで、依頼者の援助をしているのである。また、生活保護受給者などの場合には、返済免除をする。

さらに、報酬基準は、極めて低廉に押さえられている。これも援助だ。

そして、それが法テラスの業務の全てと言って良い。

それ以外の場面では、依頼者と弁護士に公平であるべきなのに、依頼者に肩入れするのは、過度な援助なのだ。

しかし、法テラスは、援助の美名と、その使命を果たしている満足感に酔いしれて、依頼者を過度に優遇し悦に入っているのである。

この勘違いをただす必要がある。

 

 

江戸時代に戻って良いのか?

 

これに対する回答は、多くの国民に便益を与えているのだから、江戸時代に戻るのは間違えている。江戸時代に戻らず、法テラスが、依頼者と弁護士を平等に扱う。それを認める財務省法務省になることが、求められるのだ。

 

法テラスを電力会社に置き換えてみよう。

電力会社を廃止し、電気のない江戸時代に逆戻りすることは、もはや不可能だ。

電力会社の性格を変え、原子力、火力に依存する体質から、SDGsな風力、太陽光、地熱などを活用する会社に変えていく。

 

それと同じように、法テラスを廃止することは、もはやできない。江戸時代には戻れない。法テラスにメスを入れて改革する方向性が求められる。

 

 

 

この度、日弁連会長に就任する弁護士は、法テラスに顔が利くらしい。是非、法テラスの勘違いにビンタを浴びせて、覚醒させ、正しい法テラスに導いてほしい。

法テラスを、正しく法の光で照らそう。

法テラス案件を扱う弁護士に、正しく法の光を当てて、法テラス案件でも事務所経営が可能な報酬体系を作って貰おうではないか。